旅をする理由

今回の小豆島は母と二人で行きました。一応プレゼントのようなもの、のハズだったのですが。

そもそもは十数年前、両親が還暦を迎えるのを機に特別なことをしない替りに、きょうだいでおカネを出し合って旅行でもしてもらおうとしたのが始まりだったかな。ただどこに行きたいか聞いても、現役時代に日本の都道府県全てに行っている父、そして時々そのお供をしていた母も特に行きたいところを思いつかないと言う、じゃ〜いっそハワイでも行く??と言っても海外まではメンドクサイ・・・と結局ハナシはまとまらずにそのまま何年も経ってしまい。(たぶん両親も私たち子供によけいな負担をかけたくない、というのもあったと思う)そして古希になろうというときに「そうか、私が一緒に行くのなら両親も気を遣うことなく行ってくれるだろう、車で行けるところなら荷物も負担にならないし」ということで、ようやくプレゼント旅を計画したのです。親孝行などとはおこがましいけど、普段何もしてあげられないし、元気なうちに楽しいことをたくさんしてほしい、純粋にそう思ってのことでした。

湯布院のお宿。しっとり贅沢な良いお宿でした。もう一度泊まりたい。

行き先はプレゼントと言いながら私の希望で湯布院に。大分に行ったことのある父も湯布院は行ってないと言うし。車の運転は私と父と交代で。旅の行程づくりや宿の手配などは私がしたのですが、計画を立てている段階で父が「湯布院に行くならついでに熊本にも行きたい」と言い出しました。聞くと父の父、私の祖父が最期に過ごした病院が熊本にあると言うのです。祖父は私が生まれた時にはすでに亡く、戦死したとしか聞かされていません。父はその祖父が最後にいた場所を訪ねてみたいと、わざわざ熊本県庁に問い合せていました。どうやって調べたのかはわかりませんが、県の方は調査結果と丁寧なお手紙をくださっていて、その末尾に「古希のお祝いで旅行されるとか。どうぞ楽しんでください」というようなことが書かれていて、あぁ、なんだかんだ言いながら、父はこの旅行を喜んでくれているんだなと嬉しかったのを覚えています。

そして湯布院・熊本と2泊3日駆け足で行ったのですが、帰ってから父が「これは旅費」と言って封筒を差し出すのです。「イヤイヤ、それじゃ〜プレゼントの意味ないし!」と拒否ったのですが、父も一旦出したものは引っ込められない。結局親っていうのはこういうものなんだなぁ〜と「じゃ、これで来年もどっか行こ」と預かることに。

その後母の体調が思わしくなかったりしたのですが、翌年はあまり無理せずに近場でと淡路島・四国へ行きました。そしてその時もまた父が「旅費」と称しておカネを渡すので「じゃまた来年どっかに」・・・とず〜っと永久運動のように。私としてもそれで両親が楽しんでいつまでも元気でいてくれるなら、と思ってたのですが・・・結局父と三人での旅行はそれきりになりました。「今度は伊勢とか、金沢なんかどう?」と話してはいましたが。

琴平のお宿で寛ぐ両親。父との旅行はこれが最後に。

そして父が「旅費」として渡してくれていたお金だけが残りました。母は「それはアンタが好きに使いなさい」と言いましたが、そんな気になるわけもなく。

で、それからまた数年経った今、そのお金で母と旅行することにしたワケです。私の運転で行ける範囲で。「このお金で旅行すればお父さんの供養にもなるよ」と言ったのですが・・・結局今回も母からお金を渡され・・・ホントに親ってのはこういうものなんですねぇ。私も自分の子供からそうされたらおそらく同じようにするんだろうな。

で、また残ったお金を前に、次回はどこへ行こうかと思案中なのです。